1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロに参加し、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。1971年にカンヌ映画祭の帰路、故若松孝と中東地域へ渡り、パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わり共闘しつつ、パレスチナゲリラの日常を描いた『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影・製作。再び若松プロの問題作を書き続けるが、1974年、再度パレスチナの前線に赴き、重信房子とともに日本赤軍を創設、後に国際指名手配される。23年後の1997年、レバノンで逮捕されルミエ刑務所にて3年間留置される。2000年2月刑期満了、身柄を日本へ強制送還される。2007年、35年ぶりにメガホンを取り、日本赤軍メンバーの岡本公三をモデルに描いた『幽閉者/テロリスト』を撮り、日本での創作活動を再開。2015年、監督復帰2作目がカフカの短編小説を基にした『断食芸人』で、韓国の光州市民が蜂起して最後の拠点とした県庁舎跡地に新設された光州美術館の柿落としに公開され、日本全国で上映された。また、第45回ロッテルダム国際映画祭(2016年1月27日~2月7日開催)のディープフォーカス部門に正式出品され、同映画祭では、足立監督の特集上映(旧作6本)も行われ、大きな反響を呼んだ。そして、2022年夏、安倍元首相を銃殺され、日本の社会と政治状況を大きくゆさぶった。直ちに、その銃撃犯を主人公として現代日本に生きる青年像を描き抜いたのが、6年ぶりに作られた復帰後第3作の『REVOLUTION+1』であった。上映される前からSNS上で事件の映画化に対するパッシングが炎上し、多くの映画館が上映を忌避した。しかし、映画の内容は、家族の愛、宗教と政治の癒着など、多くの課題が一直線に展開されて行く問題作であることが、上映されて明らかになり、幾多の映画館で上映される展開になっていった。2024年1月、桐島聡の存在が報じられてまもなく脚本の執筆に取り掛かり、夏には撮影を開始、秋に完成させたのが今作の映画『逃走』である。
今日もまた過ぎた(1960年) - 監督・脚本・製作
椀(1961年) - 共同製作
鎖陰(1963年) - 共同製作
胎児が密猟する時(1966年) - 脚本
堕胎(1966年) - 監督
避妊革命(1966年) - 監督
犯された白衣(1967年) - 脚本
銀河系(1967年) - 監督・脚本・製作
帰って来たヨッパライ(1968年) - 脚本
腹貸し女(1968年) - 脚本
性地帯 セックスゾーン(1968年) - 監督
毛の生えた拳銃(1968年) - 出演
絞死刑(1968年) - 出演
新宿泥棒日記(1969年) - 脚本
ゆけゆけ二度目の処女(1969年) - 脚本
性遊戯(1969年) - 監督
女学生ゲリラ(1969年) - 監督
狂走情死考(1969年) - 脚本・出演
略称・連続射殺魔(1969年) - 監督・共同製作
新宿マッド(1970年) - 脚本
性賊 セックスジャック(1970年) - 脚本
叛女・夢幻地獄(1970年) - 監督
性教育書 愛のテクニック(1970年) - 脚本
性輪廻 死にたい女(1971年) - 脚本
秘花(1971年) - 脚本
愛の行為 続・愛のテクニック(1971年) - 脚本
噴出祈願 十五代の売春婦(1971年) - 監督・脚本
赤軍PFLP・世界戦争宣言(1971年) -監督・撮影・出演
天使の恍惚(1972年) - 脚本・出演
(秘)女子高生 恍惚のアルバイト(1972年) - 脚本
高校生無頼控(1972年) - 脚本
ピンクリボン(2004年) - 出演
幽閉者 テロリスト(2007年) - 監督・脚本
砂の影(2008年) - 出演
革命の子どもたち(2010年) - 出演
美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生 (2011年) - 出演・脚本
断食芸人(2016年) - 監督・脚本・企画・編集
なりゆきな魂(2016年)- 出演
月夜釜合戦(2017年)- 出演
月蝕歌劇団「ねじ式・紅い花」(2017年)- ゲスト出演
REVOLUTION+1(2022年)- 監督・脚本
逃走(2025年)- 監督・脚本
警察による誤認手配で追われ、辛苦の逃走を49年間続けた青年・桐島聡が獲得しようとしたものは何か。彼の生き様は、逃げ廻るだけの地獄、いや、それだけでは済まない苦行の世界だったのか。更には、死に絶えようとした時に、静かなる闘争の継続を遮断し、「私は桐島聡だ!」と本名を開示したのは何故か。命がけで何を表現し、獲得しようとしたものは何か。それは、彼が逃亡生活の中で紡ぎ出した怨念、つまり「革命への確信」への証ではなかったのか。この謎の真相こそは、映画でしか描けないものである。それを、映画『逃走』で語り尽そうとした。